死地を越えよ

22歳くらい

社交不安障害だった

前回、前々回に続き、病院の話を。病院の話、人より多く持ってる、プロ患者なので。今回は救われた方の話ね。

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私は一年前、社交不安障害だと診断された。

 

自分でいうのもなんだが、私はすごくパワフルで、いろいろ頑張りたくて、毎日燃える尽きるように生きていた。大学も楽しかったし、バイトも遊びも充実していた。それが、突然、本当に突然、崩れてしまった。なかなか家から出なくなった。自分を取り巻く色々なことから逃げたくなった。逃げたり立ち向かったり、逃げたり立ち向かったり…次第に立ち向かえなくなることばかりになった。家どころか自分の部屋からも出たくなくなった。いじめられたり、不当な扱いを受けたりすることはなく、自分には家族も友人もちゃんといることも頭ではわかっていた。それでも、バイトは辞めたし、学校は行かなくなった。単位を落とさないギリギリのところでゆらゆらしていた。毎日、消えては自然発火していたはずの炎が、突然吹き消されてどう頑張っても点かなくなった。

逃げるのはよくない、甘えるな、情けない、そう毎日思った。でも、そうやってどんなに自分を奮い立たせようとしても、うまく自分を動かせなかった。家族も異変に気付き、ついに精神科に行くことにった。精神科に行くことは実はずっとためらっていたことだった。自分はおかしい、行かなきゃいけないと思っても、そのたびに、もし、「あなたはどこもおかしくありません。ただ、甘えてるだけです。」と言われてしまったらどうするんだろうと思ったからだ。

 

診察に行くと、私は声をあげて泣いていた。泣き止みたくても、何が悲しいのかわからないから、余計に涙を止めることができなかった。ずっと泣いていた。先生は何も言わずにたくさんティッシュをくれた。むせび泣きながら、症状を説明した。疲れても夜眠れず明け方やっと眠れること、空腹でもないのに吐きそうになるほど食べること、学校や街、人の多いところに行くのがとんでもない苦痛であることなど。それから、先生は私にいくつか質問をした。家族・学校・バイト・将来のこと…。伝わらなさそうないろんな気持ちを全部言葉にした。

「社交不安障害です。」と言われたとき、嬉しかった。ほっとした。安心した。この現象には理由があって、それはいつか解消されるものだとわかったからだ。私はおかしくて甘えてるんじゃない、病気なんだと。先生は「大したことないです。薬で治る病気です。」と言った。そして、「小中高、今までよく周りを見てきて、一つ一つに一生懸命対処してきたんでしょう。でも、大学になって関わる人が多種多様になって、数も増えて、さらに将来・就職を考えたらもっと自分と違う人と関わることになる。そのことに疲れてしまったんでしょう。」と穏やかに教えてくれた。

最後に先生はおっしゃった。「さっき、アイコキクトクライ子さんは、「他の人の長所ばっかり見えて、自分には何もない気がして苦しくなる」って言ってたけど、そんなことないよ。自分の症状を伝えるのめちゃくちゃ上手かったよ。心の病気は説明するのが難しくて、何言ってるのかわからない人も多いけど、アイコキクトクライ子さんのは手に取るようにわかったよ。それは才能じゃない?」と。

先生のこの一言が忘れられない。頭の中にあることをうじうじと話したくなることは悪癖だと思っていた。自分はすぐに文句を言ったり、弱音を吐いたりしてしまうんだと思っていた。でも、見たことや聞いたこと、感じたことを言葉にしようともがくのは、誰にでもできることではないのかもしれないと気づけた。ずっと苦手だと思っていた人と関わることにも、得意な部分があるかもしれないと思った。就職活動で自己PR、長所は『人と話すこと』にした。「相手に伝えるためにどの言葉を選んだらいいか考えて話すことが得意です」と言った。そして、今はすいすいと文章を書いて楽しんでいる。松山先生のこの一言がなかったら、もしかしたらずっと、私は自分らしさを押し殺して悩み続けていたのかもしれない。

ありがとうございました。

 

あれから一年が経って、いつかこの日のことを忘れてしまうのかもしれないと思ったら、記録せずにはいられず赤裸々に書いてしまった。