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死地を越えよ

22歳くらい

『死んでしまう系のぼくらに』

読書

私には週に4日くらい、死んでしまいたい日がある。

 

こういう話、死生観のようなものを人に言うと、暗いとかネガティブとか、かなりの高確率で言われる。確かに明るい話ではないと思うのだが、【ネガティブ】ではないと思う。”死んでしまいたい”と思いながら、一生懸命生きているのだから、とてつもなく前向きな話ではなかろうか。

 

『死んでしまう系のぼくらに』

死んでしまう系のぼくらに

死んでしまう系のぼくらに

 

 このタイトルを見たとき、読まなきゃと思った。死んでしまうっていうネガティブに捉えられるタイトルをつけておきながら、派手でポップな装丁。これは読まなきゃ。

 

読んでみての感想、「全く読み進められない…」。というのは、ひとつひとつの詩が、ズシン、スシンとした重みを持っていて、一編読むごとに本から顔を上げて一息つかなければならなかったからだ。文字の量としては一日で読み終わる程度なのだが、そんなの無理だった。

さらに、読み進められない理由はもう1つあった。何日後かにまた読もうと思うと、どこまで読んだのかがわからないのだ。私はいつもしおりを挟まず、読んだ記憶のないところから再開する読み方をする。ところが『死んでしまう系のぼくらに』は、読むのが二度目の詩も一度目と同じくらいの新鮮さを持ったままなのだ。もう読んだはずのところもはじめと同じくらいの重さを持っていて、また取り込まれてしまう。結果として、なかなか読み進められない。

 

私にぴったりの本だった。眠れない夜、話し相手になってくれる本だ。いつも私が良いと思った本は家族にも勧めるのだが、これは勧められないかもしれない。私の心の中を読まれてしまいそうで恥ずかしいからである。

 

「愛してる」では足りないような、「愛してる」のその先の感情はきっと「生きて」「生きてほしい」で表されるのだろう。いや、「死なないで」かな。そんなことを終始感じた。